OVERVIEW

本領域の目的

 多細胞生命システムが無生物と決定的に異なるのは、そのシステムが自律性をもっていること、すなわち自発的に組織や器官を構築し、その構造や機能を自ら最適化できる点にあります。細胞集団が自発的に構造を作り出す仕組みが徐々に明らかになりつつある一方で、その形成・維持過程において細胞集団が自身の構造・機能を最適化するメカニズムはほとんど分かっていません。このような状況の中、近年のシングルセル解析技術の進歩により、これまで均一と考えられてきた様々な細胞集団の中に実は「ばらつき」が存在し、そのばらつきが時間経過とともに解消されることが分かってきました。また、細胞集団の中に性質や状態がわずかに異なる細胞が生まれた際、細胞間の相互作用を介して異質な細胞が積極的に排除される「細胞競合」と呼ばれる現象が存在することが分かってきました。細胞競合は、例えば単独では生存できる「やや異質な」細胞が、正常細胞と共存した場合に集団から競合的に排除される現象で、これにより様々な細胞集団の構造・機能が最適化されることが明らかになりつつあります。そこで本研究領域では、細胞間の競合的コミュニケーションというこれまでになかった視点から、多細胞生命システムの自律性という「生命らしさ」の最大の謎の一つに迫ります(図1)。

図1 細胞競合による多細胞生命自律性の生成

 

【本研究領域の内容】

 本領域では、細胞間の競合的コミュニケーションに着目し、多細胞生命システムがもつ自律性の生成メカニズムの解明に迫ります。これを達成するために、多様な競合的コミュニケーションの分子機構を解明するとともに、様々な生物種や細胞種における細胞競合のマスターレギュレーターや特異的マーカー分子を同定し、細胞競合現象を生体内で捕捉・可視化・制御し、多様な細胞競合の生理的役割を解明します。一方で、多細胞集団内で競合する細胞間の空間マルチオミクス解析技術を開発し、領域研究を大きく加速させます。また、細胞競合の再構成、人工設計、数理モデリング解析等を通じて、細胞の競合的コミュニケーションの動作原理と普遍法則を理解します。多細胞システムの自律性生成メカニズムを理解するには、競合的コミュニケーションの動作原理の解明のみでは不十分であり、得られたデータを基に個々のコミュニケーションが細胞集団の自律性を生成するロジック、つまり多細胞システム内の変化・乱れに応答する細胞の動態がどのようにシステムを最適な状態に導くのかを解明する必要があります。そこで、「分子基盤」研究と「自律性生成原理」研究を相互にフィードバックしながら、領域全体で目標を達成します(図2)。

図2 領域内連携

4年半の研究期間で、以下の6つの目標を達成します。

  1. 細胞競合を誘発する細胞間の質の差の解明
  2. 細胞競合のコア経路の解明
  3. 細胞競合マーカー分子の同定
  4. 生理的細胞競合の役割と動作原理の解明
  5. 空間マルチオミクス解析技術の開発
  6. 多細胞集団の自律性生成メカニズムの解明

 

【期待される成果と意義】

 本研究により、細胞集団が競合的コミュニケーションを介して多細胞生命システムに自律性を生み出す原理が明らかになると期待されます。これにより、細胞集団の競合的ふるまいから生命システムの動作原理を解く新たな生命システム研究の領域が開拓され、その成果は広く基礎生物学や医学に新たな視点と研究スタイルをもたらすものと期待されます。将来的には、細胞競合を生体内で可視化し、これを人為的に制御する方法論を確立することで、がんをはじめとする様々な疾患の理解やその治療戦略の構築に貢献するものと期待されます。

図3 期待される成果

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